4 預金債権の扱いについて
実際の遺産分割の場面で問題となる金銭債権の多くは預貯金債権です。総務省、日本銀行、全国銀行協会の調査・統計によると、日本の家庭における金融資産のうち預貯金の占める割合は40%以上とされています。このことから相続の場面においても、多くの場合、預貯金が相続財産の構成要素になっていると推測できます。
では、預貯金債権は遺産分割の対象になるでしょうか?
預貯金債権は、ようするに銀行、ゆうちょ銀行等に対して口座に入っているお金の払戻を求める権利です。つまり、金銭債権といえそうです。そうすると、預貯金債権は可分債権ということになり相続開始時に各相続人に当然分割されることから遺産分割の対象にならないともいえそうです。
実際、かつて判例は、他の共同相続人が被相続人名義の貯金(通常郵便貯金)を解約して払戻を受けた事案において以下のように説示していました。
「相続財産中に可分債権があるときは、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではない」(最判平成16年4月20日判例時報1859号61頁)。
つまり貯金債権は可分債権だから、相続開始と同時に法定相続分に応じて当然分割されるというのです。この判例に従えば、各共同相続人は相続財産である預貯金について法定相続分に応じた払戻を請求することができる筈です。
もっとも、銀行実務では共同相続人の一人から請求されたからといって、ただちに法定相続分に応じた預金の払戻をしてきたワケではありません。
多くの場合、銀行は引き出しや解約を求める相続人に対し、相続関係書類(戸籍全部事項証明書や他の相続人の相続放棄申述受理通知書、遺産分割協議書等)の提出を求めていました。
以上のような扱いに対し、法定相続分に従った支払いに応じる金融機関もあったそうです。判例に忠実な対応をする金融機関も存在したということです。これは、訴訟リスク・コストを考慮すると支払を拒むよりも支払ってしまった方が合理的だという理由からです。
このような状況下で最高裁は、平成28年に前記最高裁平成16年判決の立場を変更し、つぎのように説示しました。
「預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。」
「普通預金契約及び通常貯金契約は、一旦契約を締結して口座を開設すると、以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり、口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが、その結果発生した預貯金債権は、口座の既存の預貯金債権と合算され、1個の預貯金債権として扱われるものである。また、普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し、その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように、普通預金債権及び通常貯金債権は、いずれも、1個の債権として同一性を保持しながら、常にその残高が変動し得るものである。そして、この理は、預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち、預金者が死亡することにより、普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ、その帰属の態様について検討すると、上記各債権は、口座において管理されており、預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして、相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され、その後口座に入金が行われるたびに、各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に、入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは、預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり、その合理的意思にも反するとすらいえよう。」
「預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」(最大決平成28年12月19日民集70巻8号2121頁)
つまり、普通預金債権および定期貯金債権は、その権利の内容および性質を考慮すると当然分割承継されることはないから、共同相続人全員の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象になるとしたのです。
この点、本決定は預貯金債権を可分債権の当然分割承継原則の例外として位置付けたもの、という理解もあるようです。
たしかに民法の原則は、債権者または債務者が数人ある場合、当事者間の特約、法律の規定、特段の慣習がなければ分割債権関係になるというものです。
【民法427条】(分割債権及び分割債務)
数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。
もっとも、この原則を貫くと当事者の意思や取引の実情に反し債権の実効性を弱めるおそれが生じます。また、そもそも可分債権について規定する現行民法427条は「別段の意思表示がないときは」としています。
そこで債権者または債務者が数人いるからといって、ただちに可分債権になるワケではないと考えられてきました。
つまり、分割債権関係になるかどうかは債権の内容および性質によって決まります。債権の内容および性質を明らかにするには、民法の規定のほか債権発生原因を考慮する必要があります。
ここでのテーマにそくしていえば、預貯金債権が分割債権関係になるかどうかは預貯金契約の内容および性質によって決まるということです。
しかし本決定は、預貯金の性質上、分割債権関係にならないとしています。また、預貯金債権は可分債権であるとする説示もありません。
そうすると、必ずしも預貯金債権を「可分債権の当然分割承継の例外」と扱っているとはいえません。むしろ、預貯金債権は可分債権ではないと判断したものという理解も可能です。